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心とからだのセラピースペース


by まりりん

カテゴリ:『奇跡のコース』( 37 )

先日久しぶりにJACIMのサイトを訪問して、
出版を楽しみにしていた『奇跡の原理』が
すでに出版されていることを知りました。


早速最寄りの書店へ取り寄せ依頼に行くと、
なんと!すでに出版元で在庫切れ(@_@)

仕方なくアマゾンでの注文を試みたら、
こっちも在庫切れ。

ちょっと慌てました。


IACIMブックスに注文してみたら、
どうやら間に合ったようです(*^^)v
先ほどゆうちょ銀行に振込してきました。

やれやれ(^_^)


ACIMに興味のない人には、
全く知られていない本でしょうが、
ACIMの学徒(^^♪にとっては
待ちに待った、喉から手が出るほど
ほしい本なのではないでしょうか?


それにしても、どうして『奇跡のコース』のテキストの
まず初めに「奇跡の原理」を持ってきたのかなあ?

ちゃんと、深ーい?わけがあるのでしょうね。
by d_rainbow | 2016-07-04 10:39 | 『奇跡のコース』
デイリーの3部作の完結編、読了しました。
とても面白かったです。


ゲイリーは、現世でのタダイに出会いました!
急展開です。

そして、現世でのあの人、この人と
来世でのあの人、この人が、つながります。

幻想の中での輪廻転生が、立体的に感じられてきます。


前半ではこれまでの復習っぽところも多いですが、
新たな視点、新たな情報、なども多く、
ワクワクしながら読みました。


「エゴの脚本にあるのは、カルマとも呼べる出来事で、
それは誤りだし、画面上で起きているように見える幻想の因果に過ぎない。
その一部には一見、身体に起きているように見えることも含まれるが、
身体は単に結果であり、分離を象徴する症状なんだ。

精霊の脚本に書かれていることは、心の中で起こる。
心の真の力を使うことを学んで、
見るものについて精霊の解釈のほうを選ぶと、
精霊の脚本に切り替わるんだ。
それは時空の外側からやて来て、
時空に対する君たちの思いを変えてくれる。」


ほんの少しですが、ホ・オポノポノも出てきました。
ゲイリーの質問にタダイが答えています。
なるほどー、やっぱりー、そうかー!です。
内容については、どうぞご自分で確かめてください。
p.329 の最後の2行と、次のページの最初の2行です。
楽々立ち読みできる短さです(^_-)-☆



読み終えて、難解な『奇跡のコース』の理解が、またほんの少し深まって、
赦しの実践にほんの少し磨きがかかり、
「『奇跡のコース』を生きる」ことへの
意欲が、さらに増したことは確かです(*^^)v



コースが提示している世界観?は
ほかのスピリチュアルなものとは全く異なっていますが、
その説明の中には、
これまでのスピリチュアル界での言説?と
重なるところがたくさんあるような気がします。

ということは、

いろんなスピリチュアル本を読んだり、

エゴを創造主と誤解している?
罪悪感が温存されたまま?
という問題はあるにせよ
「覚醒した!」とされているいろんな人の本を読んだりするのも、

コースを理解する下地として、
有益なんだー。と思ったりしました。


もう一度『愛は誰も忘れていない』読みます(^^♪
by d_rainbow | 2016-07-01 11:20 | 『奇跡のコース』

ニュースの活用法

我が家にはテレビがありません。
代わりにラジオがあります。

夕食時、夫がラジオをつけるとたいてい
殺人のニュースが流れます。
「ご飯を食べながら、こんなこと聞きたくないわ!」と
いつも思っていました。
「まあ、テレビよりましだけど…」と。

「家庭の団欒に、血なまぐさいことを持ち込まないでほしい!!」
と思っていました。



昨日ふと、違う思いが浮かびました。

赦しのチャンス!!(*^^)v



「神に背いて神から離れ、神と敵対した」
と思い違いした私が
すさまじい罪悪感を抱え、その苦しさに耐えられず、

逃げ場としてこの世界を作り、
その中のあれやこれやに自分の中の罪悪感を投影し、
あれが悪い、これが悪い…
あの人がひどい、この人がけしからん…

とやってきました。そうと知らずに。


このニュースも、殺人犯も、ラジオをつける夫も、私の自我が作っている!?


「私は間違った選択をしたに違いない。
 血なまぐさい争いが絶えないこの世界にはうんざりです。

 私自身が、「神から離れたい」と望み、
 神の愛を拒否して、自我を選んでしまった。

 自ら望んで、愛から分離することを選んでしまったけれど、
 もうこの選択をし続けたくはない。

『聖霊、別の選択ができるように助けてください』と、聖霊に依頼します。

 私は選びなおします。

 自我ではなく、精霊を選びます!!(*^-^*)」



これから、ラジオのニュースを赦しのチャンスとして、活用します!!(*^^)v
by d_rainbow | 2016-06-28 13:34 | 『奇跡のコース』
新刊のお知らせ(*^^)v


『奇跡講座入門』、『赦しのカリキュラム』に続き、
ケネス・ワプニック著による『奇跡講座』 解説の邦訳シリーズの
第三冊めが、近々、出版されるそうです。


5月4日のブログで
「テキストの全部にこういう解説がほしい!!」
と書きました。

そして なんと!!
5月7日に
新刊出版予定のお知らせがアップされていたのでした(*^^)v


   『奇跡講座入門』、『赦しのカリキュラム』に続き、
   ケネス・ワプニック著による『奇跡講座』 解説の邦訳シリーズの
   第三冊めが、近々、出版されます。


  『奇跡の原理

     ― 奇跡講座「50の奇跡の原理」解説 ―』

         ケネス・ワプニック著 ● 加藤三代子 訳   中央アート出版社・刊


  本書は、その題名の通り、
  『奇跡講座・テキスト編』第1章のセクションⅠ「奇跡の原理」の50項目ある原理を
  一つひとつ解説するものです。
  けれども、このセクション自体が、『奇跡講座』の概要のような性質を持つことから、
  本書も、「奇跡の原理」のセクションだけでなく
  『奇跡講座』全体の内容をよりよく理解するのを助ける解説書となっています。

  1985年に行われた講義に基づいている本書は、
  ワプニック解説としてはまだ初期の作品ですが、
  実践の微妙な側面にも言及されており、
  初心者の方々だけでなく、学習歴が長い皆様にも、必ずお役に立つことと思います。

  なお、『奇跡講座』からの引用文については、
  巻末に、『赦しのカリキュラム』と同様の形式の索引が付きます。

  現時点では、発売日や価格などの詳細は未定ですが、
  決まり次第、本サイト上でお知らせします。(JACIM学習支援サイト



とのことです。

「まずは、テキスト第1章 セクションⅠ「奇跡の原理」の50項目の原理を
一つ一つ解説してほしい!!」
と思っていたのでした。

ワプニックさんが、ずっと昔に、ちゃんと作っていてくださったのですね。
なんてうれしいんでしょう(*^^)v

そして、加藤さん、 中央アート出版社さん、ありがとうございます!(^^)!
by d_rainbow | 2016-05-18 13:05 | 『奇跡のコース』

「その必要はない」

「罪責感にさいなまれたなら、

 自我が神の法則にそむいたのは確かだが、
 自分はそむいていないということを思い出してほしい。

 自我が犯した「罪」は私に任せておけばよい。
 そのためにこそ贖罪がある。

 しかしあなたの自我が傷つけた相手について自分の心を変えるまでは、
 贖罪でさえあなたに開放感をあたえることはできない。

 罪責感にさいなまれているうちは
 自我が支配しているということになる。

 なぜなら罪責感を経験できるのは自我だけなのだから。
 そんな思いをする必要はないのである。」


   『奇跡の道-兄イエズスの教え』 田中百合子 訳
      第4章 自我の錯覚  第4節 その必要はない 第5段落



ここが、私のネックです(ー_ー)!!
難しいです。

でも
イエスお兄様が

「自我が犯した「罪」は私に任せておけばよい」

と言ってくれているのは、とてもありがたいです。




        心とからだのセラピースペース ダブルレインボー
            E-メール:info@d-rainbow.com
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            ℡ 079-423-3780
by d_rainbow | 2016-05-11 11:46 | 『奇跡のコース』
『原因についてのコース~『奇跡講座』の概説~』

   加藤三代子(著)  制作:JACIM事務局  950円 税込(送料180円)
             四六判 総ページ数:117


学びの友のHさんが
「『原因についてのコース』のDVDが好評のようだ」
と教えてくれました。


調べてみると、

ビデオ講義「原因についてのコース」を書き起こし、
一部加筆した小冊子があることがわかりました。

ケネス・ワプニックによる『奇跡講座』解説図の詳細版(B6サイズ)を付録として添付。

ビデオでは豊富に図解を取り入れており、
視覚的かつ聴覚的な効果により立体的な理解が得られますので、
可能な限りDVDをお薦めしますが、
DVDがご使用になれない環境におられる方々は、
同じビデオ講義の簡易版として、この小冊子をご利用ください。

とのことです。


私はDVDは苦手なので、
早速この小冊子を取り寄せました。


一通り読んでみて、
ACIMというのは、本当に、誤解されやすいもの。
きちんとした、丁寧な解説がないことには、
とても理解できない(ー_ー)!!

という気持ちになりました。

テキストから何箇所かとりあげて、一文づつ解説されていますが、
テキストの全部にこういう解説がほしい!!と思ってしまいました。


でも「とても陥りやすい間違い」がしっかり指摘されているし、
重要なポイントについて詳しく説明されているので、
この小冊子に書いてあることをよーーく理解して
テキストを読めば、

これだけの知識を持たずに読むのとは、
だいぶ違うだろう、と思います。


途中ちょっとめげた気持ちになりましたが、
また気を取り直して、
この小冊子をもっと読み込んで、
自分のものにして、
テキストに取り組もうと思います。



ACIMが言っている
「外に見えている世界は、心の状態の反映」ということと
ふつう私たちが
「心の中にあるものが、外に表れる」ということは
全く、別のこと、
完全に違うことを言っている。

そもそも「心」という言葉のの意味から違う。


「原因についてのコースであり、結果についてのコースではない」
心を変えるためのコースであって、世界を変えるためのものではない。

「地上に楽園は築けない」!


深いところに、すさまじい強力な抵抗がある、
それをよーく知っておくほうがいい。


決断しているのは「頭脳」ではなく「心」
頭脳や肉体は、「心」を理解できなくするために作られたもの!


現時点では、こんなようなことが書かれていると理解しています。



小冊子の中にある、
「砕けた一なる子の断片の一つ一つ」の図解は
私にはとても理解の役に立ちました。


ACIMを学んでいくと、何がどう変わっていくのか、
についても書かれています。

最終的に行き着くところは
「人知ではとうてい計り知ることのできない神の平安」であり、
「この世にあって、この世のものではない」という存在の仕方
なのだそうです。




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by d_rainbow | 2016-04-05 12:04 | 『奇跡のコース』
木綿子さんの神戸館での個展に行った時のことです。

1枚の絵について、あることに気づきました。
木綿子さんに伝えると
「そんなことに気が付いたの、まりりんが初めてだよ」と
びっくりされました。

「きっと、何か意味があるんだよ」
「わー、どんな意味だろう??」
そんなやり取りがありました。


別れてすぐ、以前にも一度、
同じようなやり取りがあったことを思い出しました。。
絵について私が指摘した内容も、同じでした。
それに続く会話も一緒です。
会話をした場所、位置も、その他のシチュエーションも。


えっ!!  これって、どういうこと???


あの絵はいつ描かれたものだろう?
これまでにも展示されたことがあるのだろうか?

次に会う時を楽しみにしていました。


先日木綿子さんに会いました。
あの絵は、去年描いた。
展示は、今回が初めて。
!!!

さらに思い返してみると、もう1枚の絵についても、
同じように、会話の記憶があるのです。
そして、初めて見るはずの絵の、記憶がすでにはっきりあったのです!


ゲイリー・レナードの『不死というあなたの現実』の中で、
ゲイリーが未来のワンシーンを経験してきて、
実際にそれが起こった時に、
「まるでコピーだった。身体のほんの小さな動きまで同じなのだ。
語り合う言葉、丘に向かう足取り、・・・」
とショックを受けます。

「確かに今の出来事なのに、すでに前に起こっていたなんて。・・・
この出来事がすでに「書かれて」いてその通りに起こらなければならなかった…
それについて僕にはどうすることもできない。」と。

「だからといってこの経験に喪失感が伴うことはなかった。
それどころか大きな自由を感じた。
もう物事を起こそうと苦労する代わりに
物事が起こるままにしておけばいいからだ。」


これまでにも何度か、「確かにこれと同じことが以前にあった!」ということがありました。
でも、こういうふうに確認できたのは初めてです。

確認の必要のため、というのが、その『意味』だったと、今は思っています。
by d_rainbow | 2016-03-17 10:13 | 『奇跡のコース』
ワークブックのレッスン134で、しばらく手間取っていました。


「私は これと同じことをする自分を、責めたいだろうか?」(加藤三代子さん訳)が
どうしてもすっきり入ってこないのです。

大内さんの訳を調べてみました。
「これを私がしたとしたら、私は自分自身を責めるだろうか?」
ほとんど同じです。

誰かの罪をとがめたくなった時に、こう自分に問いかけなさい、というところです。
私はどうしても、自分を責めてしまうと思うのです。

でも、コースが言っているのはそういうことではないはずです。

香咲弥須子さんの訳を見てみました。
「わたしは、こうして非難することで、自分自身を非難したいのだろうか?」

ようやくすっきりしました(^O^)/


「奇跡のコース」のメインテーマは”赦し”

コースでいう赦しとは

この世界で私たちが知覚していることはすべて、幻想。
誰かが重大な罪を犯した、と見えても、
些細な罪を犯したと見えても、
それはすべて幻想だから、
その誰かは、本当はその罪を犯していない。

それは起きていなかった、と認めることで、幻想を取り消す。

ということだと、私は理解しています。


誰かを非難することで、幻想を現実化してしまい、
それにより、自分が犯したと思っている罪も、現実化してしまいます。
そうすると、罪悪感から自由になれません。

他人を非難しない、赦すことにより、
自分も無罪になり、罪悪感から解放されるのです。

だから
「わたしは、こうして非難することで、自分自身を非難したいのだろうか?」
と常に、問いかけたいのです。


原文ではどうなっているのだろう??


ありがたいことに、
There is no spoon」で見ることができます。

“Would I accuse myself of doing this?”

!!!(*^^)v


コースは「これ」とか「それ」とかがとても多いです。
それが何を指しているのか、なかなか分かりにくいです。
それもコースの難しさの一つの要因だと思います。

もっとわかりやすく書いてよ!と言いたくなりますが、
難解だからこそ、上滑りしにくくて、何度も何度も読むうちに、
徐々に深まっていく、
らしいのです。


難しいけれど、とてもとても魅力的な『奇跡のコース』です(*^_^*)
by d_rainbow | 2016-03-16 11:17 | 『奇跡のコース』

―身体を自分の現実だと思っている限り、あなたは自分を孤独で乏しいと思い続けるだろう。
そして自分自身を犠牲者だと思い、他者を犠牲にすることを正当化するだろう。

天国とその創造者を押しのけるものは誰でも犠牲と喪失の意識を持っているのではないか?

そして犠牲と喪失に苦しむものは誰でも
自分自身を回復したいという試みなしにすまされないのではないか?

だがその試みの根本で自分は奪われ喪失しているということを真実だと信じているのだから、
自分自身だけでその試みに成功するはずがないではないか?

喪失は攻撃を生み、攻撃を正当化する。
自分は奪われ喪失していると思っている限り、攻撃が救済となり、犠牲が愛となる。―


「だが、身体は僕の現実ではないし、脱出する方法はある。
「コース」がはっきりと助言してくれている。」


―神の息子を、彼がなさなかったことについて赦す意志を持ちなさい。―


―生命に対極はない。
それは神だから。

生と死は対極に見えるが、それはあなた方が死を生の終わりと決めたからだ。

世界を赦しなさい。

そうすれば神が創造したすべてには終わりがあり得ないこと、
そして彼が創造しなかったものはすべて現実ではないことが理解できるだろう。

われわれの「コース」はこの1行で説明されている。
われわれの実践はこの1行で方向を与えられている。

そして聖霊の全カリキュラムはこの1行で具体化されている。―


―あなたは神が創られたままのあなただ。

これ以外の何者も信じるのは愚かである。

この考えにおいてすべてのものが解放される。
この真実において、あらゆる幻想が消える。

この事実は、すべてのものは永遠に無辜であるということで、
存在の確信であり、不死の保証である。―


「ただし、この経験に導く赦しは結果ではなく原因のレベルでなされなければならない」


―あなたは自分の行動ではなく心を変えなければならない。

そしてこれは意志の問題である。
心のレベル以外に、指針は必要ではない。

修正は、変化が可能であるレベルでのみ起こる。
変化とは徴候のレベルでの何かを意味するのではない。

そこでは作用し得ない。―


「大切なのは、君が結果ではなくて原因に焦点を定めていることだ。
その変化は誰にも見えないが、
それこそ宇宙で最大の変化であり、重要な唯一の変化なのだ。」


そうか!! と、ついつい羅列してしまいましたが、
これだけ読んでも理解不明ですよね。

興味を持たれたらぜひ『神の使者』と『不死というあなたの現実』を読んでください。


私が読んでいるのは2015年11月に出た新装版ですが、
訳者あとがきに「『奇跡のコース』…は邦訳はまだ出ていないようだ」となっています。

ナチュラルスピリットからは2010年に出ているし、
中央アート出版からは2013年に出ています。
by d_rainbow | 2015-12-11 21:42 | 『奇跡のコース』
『不死というあなたの現実』についての続きです。


アサンディッドマスターのパーサとアーテンが、ゲイリーに
『奇跡のコース』を学び、実践しなさいと言いに来ているのだから、
当然「コース」からの引用がたくさんされています。


―死は中心的な夢で、そこからすべての幻想が発する。
生命が生まれ、年を取り、活力を失い、最後には死ぬと考えるのは、狂気ではないか? 

この問いかけは前にもしたが、今度はもっと注意深く考える必要がある。

すべてのものが死ぬために生まれるというのは、この世界に定着した変わらぬ信念だ。
これは「自然のあり方」とみなされ、問われることなく、
「自然な」生命の法則として受け入れられている。

循環、変化、不確実性:頼りにならず、安定せず、
ある道筋を通ってあるやり方で満ちたりかけたりするーこのすべてが
「神の意志」とされている。

そして誰も、恵み深い創造者がそのようなことをするだろうかと問わない。―


―死の「現実」は、神の息子が身体であるという信念にしっかりと根を下ろしている。
もし神が身体を作り出したのなら、死は確かに現実だ。

そうであれば、神は愛ではないだろう。―


―神がこの宇宙を創造したという認識では、
「彼」を愛と考えることは不可能だろう。

すべてのものが過ぎ去り、塵と失望と絶望に終わることを運命付けるものが
恐れられずにいるだろうか。

彼はあなた方の小さな生命に糸をつけて握り、
後悔も気遣いもなしにいつでも、今日にでもその糸を断ち切ろうとする。
たとえしばらく待ってくれても、終わりは確実だ。

そのような神を愛するものは、愛を知らない。
なぜなら生命が現実であることを否定しているから。
死が生命の象徴となっている。

その世界はいまや戦場であり、矛盾が支配し、
相反するものが終わりのない戦いを繰り広げている。

死があるところに平和は不可能である。―


―死は神への怖れの象徴である。

その考えの中で彼の愛は覆い隠され、
それが太陽を隠す遮蔽物のように目覚めを妨げている。

その象徴の残酷さは、それが神と共存しうるはずがないことを示すに充分である。

それには破壊の中に「安置される」神の息子のイメージがあり、
その廃墟には彼を待ち構え、彼を壊すことでしばらくは永らえる虫どもがいる。

しかしその虫どももまた確実に破壊されることを運命付けられている。

こうしてすべてのものが死のために生きている。
弱肉強食が自然な「生命の法則」である。

神は狂気で、恐怖だけが現実である。―



「コース」を読み始めた頃は、イエスはどうして、こんなに激しい、きつい表現を、
くどくどとするのだろう、大げさな!と思っていました。

イエスが言わんとすることがすこーし分かり始めてきた今は、
「おっしゃるとおりです!!」と思います。


今日はこの辺で。
また続きを書きます。
by d_rainbow | 2015-12-09 21:09 | 『奇跡のコース』