心とからだのセラピースペース


by まりりん
先日の夕方、義母が何度もトイレに行くので、
夫が尋ねてみると
下痢をしているとのこと。

急に寒くなったから、きっと冷えたのだろうと
こたつに入ってもらったり、カイロを貼ったりしました。

あまり頻繁にトイレに行くし、
時間も長くなり、
何かした方がいいかと、
東条百合子さんの『自然療法』を開いてみました。


梅干1個と醤油1・2滴、おろししょうがに熱湯を注いで飲む。
これならできそうだと、
夫が作って飲ませました。

辛いと言いながら、全部飲んでくれました。

それっきり、
ピタリとトイレ通いが止まりました!

即効性にびっくりです。
あまりの効果に、
たまたま治る時だったんじゃないの?と思ってしまいます。


でも、自然療法の効果は、
何度も経験済みです。

母のがんの激痛がショウガシップで数分で治まったこと。
病院もお手上げの原因不明の娘の不調が、
ビワの葉温灸、こんにゃくシップ、その他で1週間で復活したこと。
etc.

下痢をした義母は
手持ちの鎮痛剤を飲みたがりました。
痛みはないのに(@_@)

半年ほど前、腹痛で痛み止めを飲んで、
数日間下痢と嘔吐で散々苦しみ、
もう薬はこりごりと、
捨てたことがあるのに。

そして、飲む薬をうんと減らしたおかげで、
以後体調がかなり良くなっていたのです。

夫が、我慢できないほど痛いとき以外は
飲まないほうがいいと言うのですが、
まだ飲みたがっていました。
もう下痢はすっかり治まっているのに。
西洋医学薬信仰は、すごいです。


お風呂に早めに入って、ゆっくり温まり、
湯たんぽをして寝てもらいました。
簡単に復活してもらえてほっとしました。

# by d_rainbow | 2018-12-11 11:01 | 療法
時々、人に言われます。
「私は『コース』が信じられないから…」と。

「私も信じてない」と言うと
たいてい驚かれます。


でも、
『奇跡のコース』を学ぶ、
実践するのに、
信じる必要はないのです。

「違う!」と思っていて
その証拠を見つけようと、
試しても別にいいわけです。


私は、
信じてはいません。

時々、ひょっとして騙されているのかも
と思ったりも、します。

でも、
この世界についての
あるいは神についての、
コースの説明は、とても納得できるのです。
私の知るものの中で、
最もうなずけるのです。


コースは
「信じる必要はないから、試してみてごらん」と言います。


私は、試してみたいから、
楽しいから、
楽だから、
試しています。

そしたら、なかなか、いいのです(^^♪

やってみて損はないのです。


でも、だからこそ、
たまに疑ってみます。

でもやっぱり、
私には合っている、向いている!と思います。

そして、学んでも、実践しても、
騙されたら大変!!というような
危険はないかな、と思います。

とても実用的!
とても、助けになります。
こんないい方法、実践しない手はない!
と思います。

長年叩き込まれ、
慣れ親しんできた方法と
まるっきり違う、
まあ、正反対。
なので、
すぐ忘れて元に戻ったりしますが、
というか、
思い出した時だけ実践できる、
というくらいのものですが、

それがとっても、
役に立つ、
と言うと変だけれど、
私の心を平安に保つ
助けになります。


「心だけ?」
「それだけ?」
と言われそうですが、
それが!!
とても大きな意味があるのです。


# by d_rainbow | 2018-11-13 13:37 | 『奇跡のコース』

感覚の違い

ある農家の人の話です。

道端に柿の木があって、
たくさん実がなっています。

通りがかりの人が、
「うちには1本も柿の木がないさかい、一個欲しい」
と言うので、
「なんぼなととっておくれ。」
と答えると、
5・6個もいで、持って帰られたそうです。

晩に家族に話すと、
息子に
「あれ、売りよるんやでー」
と言われたそうです。
「ほな、「うちにはお金がないさかい、金おくれ」言うか?」と。

その方は
「売りよるさかい、あげへん」とは、私よう言わんわ、と
困り顔でした。


この話を聞いて、あることを思い出しました。

有機農産物の共同購入会に参加していた時のことです。

牛乳を仕入れている牧場に見学に行きました。
敷地に入ってしばらく行くと、
栗の木があって、実がたくさん落ちていました。

会の主催者が真っ先に拾い始め、
ほかの人たちも我さきと加わりました。
中には、木をゆすったり、幹を足で蹴ったりして
落そうとする人もいます。

私は、説明できないけど、
取ってはいけないような気がして、
一人、加わりませんでした。
「杉浦さんは、いらないの?」
と言われ、
私だってそりゃほしいけど、
うまく気持ちが表現できず、苦しい思いをしました。


散々拾いまくって、
牧場主の家に行きました。

とても歓迎してくださり、
用意してあった栗の大袋を、
お土産に下さいました。

みんな一様に、気まずい苦笑。
くださった方は、
喜ばれず、予想外の反応に
どう思われたでしょう。


家に帰って、農家出身の夫に話しました。
夫が言うには、
「栗でも柿でも、
栽培種は誰かが植えたものだから、
たとえ共有地でも、
ほかの人は取らない。」

そうかー、なるほどー。やっぱりー!
それを知っていたら、
説明して、やめてもらうことができたんだけど、と
残念でした。

まして、牧場は私有地です。


都会の人と田舎の人との意識、感覚の違い。
消費者と農家の思い、考えの違い。

こういうことがあるから、
厄介な摩擦が色々起きるのですね。




# by d_rainbow | 2018-11-05 14:16

内なる教師

「あなたには、絶対に間違いを犯すことのない
内なる教師がついていることを喜びなさい。」
(『奇跡のコース』教師のためのマニュアル-29.2:7-14)


かつて、
エホバの証人になった友人から、
私と神との関係について尋ねられたことがあります。
私は
「私の中に神がいる。
誰の中にも神がいると思っている。」
というようなことを答えました。
30年位前のことです。

実はそのころ私は、無神論者だったのですが。


そのころの私は、なにか選択の必要がある時、
いつも自分の中、奥深くにじーっと入っていき、
答えを受け取る、
というようなことをしていました。
そしてなぜか、
その答えは絶対で、間違いない、
と思っていました。

小学生?中学生?のころから、
いつ頃までか、
ずっとそんな感じでした。

内なる「神」というよりは
内なる賢者、本当の私、
というような感じでした。


もったいないことに、
いつもいつも尋ねていたわけではありません。


更にもったいないことに、いつの間にか、
そういうことをしなくなってしまっていたなと、
気が付きました。


『奇跡のコース』を学んでいて、
「聖霊に尋ねる」ことを学び、
最近ふと思いました。
ひょっとしてかつてのあれは
コースでいう「聖霊」だったのかも。

とても懐かしく、ありがたく、
あの関係を、またしっかり
取り戻したいと思います。



# by d_rainbow | 2018-11-02 11:09 | 『奇跡のコース』
香咲弥須子さんの『『奇跡のコース』のワークを学ぶガイドブック13』に
「知性を手放してしまいましょう」と書いてありました。
(レッスン352【ヒント】p.38)


「過去に積み重ねてきた知恵、知識、教養、環境。
それらが、この世における知性であり、自我の武器。」


「愛の反対は恐れ。愛の反対は裁きとも言えます。
裁きとは、怖れなのですから。」
「裁きには、常に、知性が巻き込まれています。
裁く時、私たちは、知性を総動員しています。」

私はこれまで、知性というものはいいもの、大事なもの、と思っていました。

「なぜなら、この世の知性が、自分を守ると思っているからです。
知性をまとい、知性を武器に、怖がっている自分を守ろうとしている。」


「知性を手放してしまいましょう。
知性を聖霊に預け、
全く別な方法で別な光を当てて、
使ってもらいましょう。」


『奇跡のコース』は
「思考を逆転させる」といいます。

そうかー、ここまで逆転させるんだー。

そしてふと気が付きました。
だって、
コースはこの世界からの脱出計画なんだから!


お断り:ガイドブックからの引用は、少し変更してあります。






# by d_rainbow | 2018-10-30 13:57 | 『奇跡のコース』